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大阪地方裁判所 平成5年(モ)50467号 決定

債権者

横山宏

債権者

田部憲道

右両名代理人弁護士

武村二三夫

養父知美

債務者

シンコーエンジニアリング株式会社

右代表者代表取締役

田中正紀

右代理人弁護士

中嶋進治

主文

一  債権者ら債務者間の大阪地方裁判所平成三年(ヨ)第二四〇六号仮処分命令申立事件について同裁判所が平成五年二月一日にした仮処分決定を認可する。

二  申立費用は、債務者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者ら

主文同旨

二  債務者

1  主文掲記の仮処分決定を取り消す。

2  債権者らの本件仮処分命令申立てを却下する。

第二事案の概要

債務者は、ホテルバンガード三郷(以下「ホテル三郷」という。)を経営し、債権者らを雇用していたが、経営不振を理由に、その経営権を右ホテルの所有者である有限会社バンガードに譲渡して自らはホテル事業を閉鎖し、債権者らを解雇した。債権者らは、右解雇は、解雇の正当事由を欠き解雇権の濫用であり、または、債権者らを役員とする労働組合を嫌悪し排除する意図でなされたもので不当労働行為であり無効であると主張して、地位確認及び賃金仮払いを求め、前記主文一掲記の仮処分決定を得た。そこで、債務者が保全異議の申立てをした事件である。

一  争いのない事実、本件疎明資料及び審尋の全趣旨により、一応認められる事実

1  債務者は、昭和五九年一二月二八日、池田育弘(以下「池田」という。)を代表取締役として、資本金一億七六〇〇万円、建設コンサルタント、建築材料の販売等を主な事業内容として設立されたが、昭和六〇年からホテル経営に進出し、同年八月、ホテルバンガード浦安(千葉県浦安市所在。以下「ホテル浦安」という。)を開業したのを手始めに、平成元年四月、ホテルバンガード甲子園(兵庫県西宮市所在。以下「ホテル甲子園」という。)、同年八月、ホテル三郷(奈良県生駒郡三郷町所在)、同年一二月、ウッドストックイン(長野県下高井郡木島平村所在。以下「ウッドストック」という。)、平成二年八月、ホテルバンガード竜串(高知県土佐清水市所在。以下「ホテル竜串」という。)をそれぞれ開業し、同年二月には、ロサンゼルスのビバリーヒルズのビバリーロデオホテルを約六三億円の借入により現地法人を設立して買収するなど、ホテル経営を事業の中心に据えた、平成元年一二月末現在、総資産約八一億円、従業員数八二名、同年の年間売上高約二三一億円の株式会社である。

2  債権者横山宏(以下「債権者横山」という。)は、平成元年八月、ホテル三郷の設立と同時に債務者に入社し、同ホテルの料飲部門に勤務し、平成元年一〇月ころからウッドストックで支配人として同ホテルの開業に関与した後、平成三年四月からホテル三郷のフロント等において勤務し、全国一般労働組合大阪地方本部ホテルバンガードチェーン労働組合(以下「本件労働組合」という。)の執行委員長たる地位にあった者である。債権者田部憲道(以下「債権者田部」という。)は、平成二年二月、債務者に入社し、同年八月、ホテル竜串の支配人として勤務した後、平成二年秋からホテル三郷の厨房において勤務し、本件労働組合の副執行委員長たる地位にあった者である。

3  債務者は、ホテル事業が当初の予想に反して思わしくなくなってきたことから、経営コンサルタントのピートマウイック会計事務所とマッキンゼーに経営の指導を依頼し、平成二年春ころ、最終報告が提出されたものの、同年秋ころ、経営の改善が見られないと判断し、ホテル事業の閉鎖を考えるようになった。債務者は、仕入業者に対する支払方法を、毎月二〇日締め切り翌月末日支払であったのを、翌月起算四か月後支払に変更してもらっていたが、同年一一月ころから支払を遅滞し始め、平成三年二月からは、毎月二五日に支払うべき従業員の賃金の支払を遅滞し始め、同月分の賃金が支払われたのは三月一八日、同年五月分と六月分の賃金は七月一日であった。債務者は、平成二年七月一七日、従来の賞与を生活補償給相当部分(賞与のうちの三か月分)と業績給相当部分とに分け、前者を一二分して毎月の賃金に組み込み、後者は会社の経営成果等によって半期ごとに決定するとしていたが、平成三年二月からは、右生活補償給相当部分を留保金として賃金から控除するようになった。債務者は、二月分は後日支給したが、三月分は支給していない。債務者は、同年二月末ころ、ホテル竜串の事業を閉鎖し、三月ころには、ロサンゼルスのビバリーロデオホテルの経営から撤退した。

4  このような状況のもと、債権者らは、労働組合の結成を企図し、同年五月八日ころ、債権者田部が債務者に対し、賃金未払等について抗議したところ、債務者は、同月一〇日、田部に対し解雇する旨の意思表示をした。五月一三日、債権者らは、債権者横山を執行委員長、債権者田部を副執行委員長とする本件労働組合を結成して、債務者に通知するとともに、団体交渉の開催を申し入れた。同月二三日、第一回団体交渉が行われ、池田は、本件労働組合をまだ組合として認めてはいないから団体交渉としてはできないと発言したが、田部に対する解雇は撤回した。六月四日、第二回団体交渉が行われ(なお、池田はアメリカに出張中ということで欠席した。)、債務者は、七月以降に不調の不動産部門をホテル部門から独立させれば賃金の支払が可能であり、また、現在の人員は最小限度なので、これ以上人員を減らす考えはないと言った。同月一四日、第三回団体交渉が行われ、池田は、未払賃金は七月一日に支払うが、これ以上ホテル事業の継続は困難なので、ホテルを閉鎖し、従業員の就職のあっせんをし、あとは金融機関に委ねる旨の発言をした。また、池田は本件労働組合を労働組合としては認めていないと発言した。同月一九日、本件労働組合は、債務者に対し、資産内容、経理内容等について明らかにするように申し入れた。同月二九日、第四回団体交渉が行われ、池田は、各ホテルの売上げが低いため七月一日以降ホテルを閉鎖すると繰り返すのみで、経理内容等を明らかにしなかった。なお、このころ、債権者田部の前の勤務先であった自由民主党奈良同志会という団体が、有限会社バンガード取締役池田易代あてに、ホテル三郷の仕入業者からの依頼を受けたとして未払代金の支払を求める書面を送付してきたり、直接ホテル三郷に押しかけたり「郷土ニッポン」「関西やまと新聞」という新聞が、債務者の従業員への賃金未払や納入業者への代金未払、労働組合の結成の事実等の会社の内部事情を報道したりしたため、池田と奥野隆(当時、債務者経営の各ホテルの総支配人兼ホテル三郷の支配人であった。以下「奥野」という。)は、債権者らとそれらの団体との関係に疑念を持つようになり、本件組合に対し嫌悪感を表明したり、第二組合の結成を呼びかけたりした。

5  七月一日、債務者は、ホテル三郷の正規の従業員(正社員)一七名全員に対し、同月末日限り解雇する旨通知した。アルバイト及びパートの三二名に対しては、解雇の通知をしなかった。同月九日、本件組合は、債務者に対し、経理内容等を明らかにするように再度申し入れた。七月一八日、池田は債務者代表取締役を責任をとるという理由で辞任し、奥野が後任の取締役に就任した。同月三〇日、第五回団体交渉が行われ、池田は、ホテル三郷の経営は、有限会社バンガードが引継ぎ、従業員も同社が引継ぐが、ホテルが任意売却されるまでの営業となるため、いつまで事業を継続できるかわからないから、債務者としては、雇用継続を前提とした就職あっせんはできず、パートタイマーかアルバイトとしてのあっせんしかできない旨発言し、あくまで、正社員としての雇用を要求する債権者らとの交渉は決裂した。七月三一日、池田及び奥野は、債権者らを除くホテル三郷の従業員を事務所に呼び、同ホテルに勤務し続ける意思の有無を確認した。債権者横山は、事務所に赴いたが、池田から「君はいいよ」と言われ、退出した。八月一日、債権者らが、ホテル三郷に出勤したところ、田中正紀(当時ホテル三郷の支配人であった。)から退去を求められた。債権者田部が、池田に電話をかけたところ、出社しても賃金は支払わないと言われた。右同日、債務者は、ホテル三郷の経営権を、有限会社バンガード(ホテルの賃貸借を主な目的として昭和六三年五月二三日設立され、ダイヤモンドファクター株式会社から一五億円を借入れて、三郷ホテルの敷地及び建物の所有権を取得するとともに、債務者にそれらを賃貸していた有限会社。当時の代表者は池田の妻池田易代。なお、債務者が従業員を雇用し、仕入れ業者との契約も行っていた。)に譲渡したほか、ホテル浦安は右とは別会社の有限会社バンガード、ウッドストックは株式会社ウッドストックインという、それぞれ土地建物の所有者に経営権を譲渡した。また、ホテル甲子園については、その土地建物は債務者の所有であったが、右同日から、有限会社バンガード甲子園が営業を行うことになった。右同日以後、ホテル三郷は、有限会社バンガードによって営業が継続され、七月一日時点で債務者の同ホテルにおける正社員であった一七名のうち雇用を希望した七名が雇用され、更に一名が新規に雇用された。平成四年七月現在、ホテル三郷の従業員は、正社員三名、パートタイマー及びアルバイトの登録者約二〇名となっている。

6  債務者は、平成四年七月現在、役員以外の従業員は一名のみであり、所有不動産の競売手続、税金滞納による賃料債権差押え等の整理業務のみを行っている。なお、平成五年三月三一日、奥野が代表取締役を辞任し、田中正紀が就任した。

二  主要な争点

本件解雇に正当事由があるか。すなわち、ホテル事業閉鎖の必要性があったか、債務者が解雇回避の努力をしたか並びに被解雇者の選定及び解雇手続に合理性があったか。

第三争点に対する当裁判所の判断

一  解雇の効力について

解雇は、労働者に対し社会的経済的に極めて大きな影響を与えるものであり、しかも、本件のような余剰人員の整理を目的の一つとする解雇は労働者に特段の責められるべき事由がないのに使用者の都合により一方的になされるものであることから、たとえ、企業合理化のためにいかなる経営施策を講ずるかが経営者の固有の権限に属するとしても、その有効性の判断は慎重になされるべきである。そこで、右のような整理解雇が正当として許されるか、権利濫用として無効となるかは、〈1〉長期的な経営不振のため、経営合理化を行わなければ、企業が倒産するに至るなど回復し難い打撃を被ることが必定であり、これを回避するために事業閉鎖をする高度の必要性が存在したか、〈2〉使用者が経営努力を払うとともに、従業員の配置転換、一時帰休、希望退職募集等によって解雇回避の努力を尽くしたか、〈3〉被解雇者の選定が合理的であったか、〈4〉使用者が労働者に対し事態を説明して了解を求め、解雇の時期、規模、方法等について労働者の納得が得られるように努力したか(解雇手続の相当性、合理性)という観点から判断されるべきである。そこで、以下において、右の観点から本件解雇の有効性について検討する。

1  ホテル事業の閉鎖及び解雇の必要性について

(一) 争いのない事実、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

(1) 債務者の営業内容

イ 債務者の昭和六二年度から平成三年度までの五年間の各年度(一月から一二月)の売上高(一万円未満は切捨て。以下、同じ。)は、それぞれ、七六億五〇八三万円、一一八億七二二五万円、二三一億二一八八万円、一五七億一〇一二万円、三億八九一六万円と推移しており、平成元年度までは順調に売上げを伸ばしていたが、前年度と比較して、売上高が平成二年度には約七五億円減少し、同三年度には約一五三億円もの減少となっている。

ロ 平成二年度と平成三年度の販売費・一般管理費は、それぞれ、一五億八八一四万円、四億八二四四万円となっており、平成三年度には、売上高を上回る費用を要し、営業利益がマイナス二億二二四三万円となっている。

ハ 昭和六三年度からの五年間の経常利益は、それぞれ、マイナス三五九〇万円、六三六一万円、一億三八七四万円、マイナス六〇三〇万円(但し、一〇億三〇〇〇万円を固定資産圧縮積立金として留保した。)、マイナス一億九九三八万円(当期利益は八億八五一五万円となっているが、積立金と引当金の戻入によるもの。)と推移しており、平成二年度からマイナスに転じている。

(2) 各ホテルの営業内容

イ ホテル三郷の平成元年度から平成三年度(但し、平成元年度は八月から一二月まで、平成三年度は一月から六月まで。以下、同じ。)までの売上高は、それぞれ、二四四三万円、一億三二八四万円、七二二五万円であり、同じく売上総利益は、それぞれ、マイナス二二二八万円、五六三七万円、四二九二万円、販売費及び一般管理費は、それぞれ、二億八四〇五万円、四億六〇三六万円、一億四六六八万円、経常利益は、それぞれ、マイナス三億六三三万円、マイナス四億三七九万円、マイナス一億三六二万円である。

同ホテルは、既存のホテルの買収ではなく、新規開業であったため、多額の広告宣伝費が費やされたこと、人件費が多額に昇ること等により、他のホテルと比較して販売費及び一般管理費が特段に多くなっており、三年間にわたって多額の経常損失を出すに至っている。

ロ ホテル浦安の平成二年度と三年度の売上高は、それぞれ、九六九二万円、三九二六万円であり、同じく売上総利益は、それぞれ、八六七八万円、三七五五万円、販売費及び一般管理費は、それぞれ、一億一八六三万円、四〇〇五万円、経常利益は、それぞれ、マイナス三一七八万円、マイナス二四九万円である。

ハ ホテル甲子園の平成二年度と三年度の売上高は、それぞれ、一億五三七七万円、七一九九万円であり、同じく売上総利益は、それぞれ、一億四一三四万円、六四九一万円、販売費及び一般管理費は、それぞれ、七三一七万円、二九〇三万円、経常利益は、それぞれ、六八二五万円、三五九五万円である。

ニ ウッドストックの平成二年度と三年度の売上高は、それぞれ、二七六九万円、四一一八万円であり、同じく売上総利益は、それぞれ、一九一八万円、三五八五万円、販売費及び一般管理費は、それぞれ、六〇九五万円、三三八四万円、経常利益は、それぞれ、マイナス四一七六万円、一四六万円である。平成三年度がプラスに転じたのは、スキー客による収益が計上されているためである。

(3) 債務者の債務等の状況

イ 債務者の仕入業者に対する代金未払額は、平成三年六月末現在で約一億一〇二七万円であり、平成四年四月現在で、約六六六九万円である。

平成五年五月一八日現在の債務者の税金滞納額等は、約一億七五六〇万円である。

平成五年五月一八日現在の金融機関に対する借入金は、約三六億一五〇〇万円である。

ロ 債務者所有の大阪市北区天神橋三丁目所在の土地建物(いわゆるシンコービル)、同一丁目所在の土地建物(いわゆる第一天満ビル)は、それぞれ、木津信用組合、住友銀行を債権者として競売開始決定がなされており、いずれも、大阪市、西宮市、大阪府等によって参加差押がなされ、その賃料債権は税金の滞納のために差し押さえられている。また、ホテル甲子園の土地建物も住友銀行を債権者として競売開始決定がなされている。

(二) 右認定の事実及び前記第二、一で認定した事実からすると、債務者は、昭和六〇年にホテル浦安を開業してから平成元年に甲子園、三郷、ウッドストックを、同二年二月にビバリーロデオホテルを次々に開業して事業を拡大したころまでは、売上げを伸ばしていたこと、ホテルの開業当初は赤字はつきもので、債務者も覚悟のうえであったが、平成二年度後半からの経済情勢の悪化による不動産部門の不振の影響もあって、平成二年度から経営不振となり始め、同年八月にホテル竜串を開業するが、平成三年二月には同ホテルを閉鎖し、同三年度には更に急激に経営状態が悪化して、本件解雇当時、経営状態がかなり切迫していたことが明らかである。

債務者は、経営状態がかなり切迫していたことの理由として、経済情勢の悪化と開業当初の借入利息の返済についての見通しの誤り、過大な人件費等を主張する。しかし、平成三年ころ、債務者は、本来の営業活動は順調であると従業員に説明していること、同年六月四日の団体交渉の席では、七月以降に不調の不動産部門をホテル部門から独立させれば、賃金の支払が可能であると述べていること、右認定の数値からしてホテル事業自体を原因とする経営不振とは考えにくいこと及び過大な人件費は経営努力によって削減も可能であること等に照らすと、債務者の右主張は採用できない。

債務者は、ホテル三郷の経営権を有限会社バンガードに譲渡した理由として、同社の債権者抵当権者である株式会社ダイヤモンドファクターが同ホテルの土地建物を処分して債権回収を図るために、所有と経営の一致による営業継続を求めたこと、あるいは、人員を少なくして運営することを求めたこと、負債を減らすために債務者の負債も従業員も引き継がないことにしたこと等を主張する。しかし、所有と経営の一致については、債務者が所有していたホテル甲子園の経営権を有限会社ホテルバンガード甲子園に譲渡したことと矛盾するし、人員削減については、債務者自身の経営努力で可能であり、有限会社バンガードに譲渡する理由とはならない。また、債務の承継については、経営権譲渡の具体的内容が不明であり、従業員の承継については、債権者ら以外で雇用を希望した者は引き続いて雇用されており、いずれも合理的な説明とはなっていない。

2  債務者の解雇回避の努力について

債務者は、経費削減、仕入先への支払条件の変更等により、解雇回避努力をしたと主張する。

しかし、前記認定のとおり、平成二年春ころには、経営コンサルタントによる報告書を受領したというが、いかなる内容のものであったか明らかでないし、それをどのように実行しようとしたのか、その結果がどうであったのか等について具体的には全く明らかにされていない。

また、とりわけ人件費の削減が必要であった点について、債務者は、人員を他の部門に回す余裕がなかったと主張するが、具体的条件を提示した希望退職の募集、一時帰休等について具体的に検討した形跡は見られない。

3  被解雇者の選定の合理性について

前記第二の一5で認定したとおり、債務者は、有限会社バンガードへの就職あっせんについては、パートタイマーあるいはアルバイトとしてしかできないとした上で、債権者らを除く希望者については全員あっせんしたが、債権者らは団体交渉において正社員としてのあっせんを強く希望したため、あっせんしなかったことが認められる。しかし、疎明資料によれば、平成三年八月分の賃金については、社会保険料の控除はなされていないものの、社員とパートタイマー、アルバイトの区別がなされていること、一〇月分の賃金からは、一部の社員について社会保険料が控除され始め、一一月からは、正社員全員について控除が開始されたこと、鬼定と中村洋子については、八月一日から雇用保険に加入しているため、一〇月に三か月分の保険料を請求されたことが一応認められる。これらの事実からすると、八月一日の時点で、正社員としての雇用が行われたというべきである。これに対し、田中正紀は、ホテルがなかなか売却されないため、ホテルとして継続営業していく必要から一〇月から正社員としたと説明する。しかし、経済情勢がなかなか好転しない状況にあって、営業譲渡後二、三か月でホテルの売却ができることを前提として雇用したというのはおよそ考えられず、採用できない。他方、池田、奥野らが、本件労働組合を嫌悪する言動をとっていたことからすると、債権者らをその希望どおりに正社員としてあっせんすることができたにもかかわらず、あっせんせず、解雇したことが一応認められ、被解雇者の選定に合理性があったものと一応にしろ認めることはできない。

4  解雇手続の相当性・合理性について

多数従業員の生活の基盤を預かる使用者にとっては、事業閉鎖を決定する以上、従業員に対しその旨を明確に表明しその理由及び必要性についても十分に説明することが求められているというべきところ、前記認定によれば、本件労働組合の要求にもかかわらず、経理関係の資料等の公開、事業閉鎖の理由や必要性についての客観的資料を伴った具体的説明がなされた様子はうかがえない。したがって、解雇手続の相当性・合理性を一応にしろ認めることはできない。

5  以上からすれば、本件解雇当時、債務者のホテル事業がかなり切迫したものであったことは一応認められるものの、事業閉鎖を行わなければならないほどに会社の経営が危機的状況にあったとまでは一応にせよ認めることができない。よって、本件解雇は正当なものであったとはいえず、解雇権を濫用するものとして無効であるというべきである。

二  保全の必要性について

1  債権者らは、債権者らが債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることを求めるところ、債務者はこの地位を争っている。本件疎明資料及び審尋の全趣旨によると、債権者らがこのまま本案判決の確定を待つのでは、それまで債務者から賃金の支給その他従業員として当然受けるべき待遇を一切受けられず、債権者らが債務者から得る賃金等で支えてきたそれぞれの生活も維持できなくなるなど、右申立て部分につき保全の必要性があることが一応認められる。

2  債権者らは、右債務者に対する雇用契約上の権利を有する地位に基づき賃金の仮払いを求めるところ、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によると、債権者らはいずれも債務者から支給される賃金により自己及びその家族の生計を支えており、債権者らがその賃金の支給を停止されることにより、自己及び扶養家族の生活に重大かつ深刻な危険を生じさせていることが明らかである。これらの事情を考慮すれば、平成三年三月から同年七月までの未払賃金(留保分、前記認定のとおり、債務者が平成二年七月一七日に従来の賞与のうち生活補償給相当部分を賃金に組み込む決定をしたものであるところ、平成二年度は既にホテル事業が不振に陥っていた時期であり、それにもかかわらず、組込みを実施したということは、その時点で賞与としての性格を失い、会社の業績いかんに左右されない給与の一部となったと見るのが相当である。)として、債権者横山が四〇万一七五〇円、債権者田部が三九万八〇五〇円の仮払い及び同年八月から本案の第一審判決の言渡しまでの限度で、毎月二五日限り債権者横山については月額三九万〇三五〇円(疎明資料によれば、債権者横山の月額賃金は三九万八三五〇円であることが一応認められるが、本件申立てはその範囲内である。)の、債権者田部については月額四〇万六二六〇円の各割合による賃金の仮払いを、債権者らに受けさせる必要があるというべきである。

3  なお、債務者は、現在、経済活動を行っておらず、単に整理業務等を行っているにすぎず、新たに事業をおこす意思も能力もない状態であるから、債権者らの申立てが認容されても債権者らは現実には救済されないとして、保全の必要性がない旨主張する。しかし、右事情は本件仮処分についての保全の必要性を否定する事情となるものとは到底認められず、右主張は採用することはできない。

四(ママ) 以上のとおりであるから、被保全権利及び保全の必要性が認められ、債権者らの本件仮処分申立ては理由があるから、主文掲記の仮処分決定を認可することとする。

(裁判長裁判官 宮城雅之 裁判官 小見山進 裁判官 佐藤道恵)

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